子は親の鏡

ドロシー・ロー・ノルトの詩(「子どもが育つ魔法の言葉」石井千春=訳、PHP文庫)が1954年に書かれ、「子は親の鏡」という言葉が時には一人歩きして誤解されたり、意味を取り違えられたりしながら現在まで生き続けています。途中著者によって、加筆されたり、訂正されたりもして現在に至っています。この文庫本を久しぶりに手にして今話題の体罰論議にも通じるものであり、体罰不要論を支持する詩であると思う。すべての体罰をなくしていくことから始めないと、必要な体罰があるという中途半端な主張・考え方は結局体罰肯定論になってしまう。必要な体罰という考え方は、「特定の個人」が「特殊な状況」で「個人的に判断」して行うことを許容してしまうから、普遍的に必要な体罰、社会的に必要な体罰とはかけ離れてしまう。体罰を受けながら「成功」「好結果」を得た人たちは体罰には効果があると考えがちであろうが、その一方で体罰によって精神的、肉体的に被害を受けスポーツや勉学などの場から立ち去った人もたくさんいるだろう。この立ち去った、立ち去らざるを得なかった人にこそ目が向けられるべきであり、そうすれば「必要」な体罰などないことが明らかであろう。

——————————————————————————–Kaname Tanimoto 13.02.10